名状しがたい随想帳のようなもの

アニメ・声優関連の話が中心です。たまに関係ない話もします。

レポを一度非公開にする話(追記あり)

ここ数日、某ブログがきっかけでライブやイベントのレポートに対して一石が投じられています。

 

「我々が書くレポートは出演者の発言ママではないし、会場の空気感だってコピーできない、ましてや文章では本人の言い方・それに伴う感情も伝わらない。そんなものでは『本人が言いたかったこと』が歪曲されて解釈されかねない。」

ということが柱として提起されている問題?話題?となっているのかなと思います。 

レポとして公開する以上、本人の気に違うように伝わってほしくないとの考えは書き手共通の認識でしょう。

 

私自身はレポとして公開した3記事の前置きではいずれも保険をかけて、本人の意図をきちんと伝えるという本質を無視していたいたことに気付かされました。

そしてこれは今まで無責任に発信していたんだということであり、深く反省しました。

 

「わちゃわちゃしたメンバー同士の何気ない絡みを伝える」ことと「出演者自身の考え、思いとしての発言を伝える」こととは似て非なるものなのですが、私のレポートではこれらを混同して書いてしまう。

前者は流れの中で発言意図を確定させることができます(舞台上のメンバー同士のコミュニケーションによってある1つの発言自体の意味や解釈が固定される)。それに比べて後者は(発言者に)意味を確認しながら進む話ではないので圧倒的に歪曲されやすいんですよね。しかし私はこれらに対して同じ処理をしてしまっていたんです。

今までの私のレポートスタイルは本人の発言をところどころ引用している。そうする限りそれは「本人の口からでたこと」として認識されるし、場合によっては真意に反して伝わっていたのかもしれない。こういうことがとりわけ”後者”の発言に起こりやすいんだなということに今更ながら気付きました。同時に「順番が異なる」「発言者が違うかも」などと、自分はなんて無責任なことを言っていたのかと痛感しました。

 

元々、「本人が言ったことを伝える」のではなく、「私が感じたことを伝える」ことが私のやりたいことでした。

これを実現させるためには本人の口から出たそのままのものを必ずしも求めていないのではないか。そう考えました。

 

私が感じたことに対しては私のことなので責任を持てます。「私の感受性が間違っていた」のであって出演者が間違っていることにはならないから。

もちろんここでは私のレポを読んで頂いて「これは本人が言ったことだ」という解釈が絶対になされないような書き方が求められます。

 

これまで公開していたレポート3記事を一度非公開として、「『私』フィルターを通しましたよ!!!!!」というレポートに変えて伝えたいと思います。私が責任を負えるように。

 

時間がかかるかもしれない、ひょっとするとそんな書き方などできなくて結局二度とレポートしなくなるかもしれない。

それでも今のままレポートを放置するよりは良いと確信しています。

 

myakoh

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2017/8/9-22:00 追記

1st ライブツアー大阪公演のレポートを再編集・公開しました。

しばらく間が空いてから自分の書いたレポートを見直すというのは気恥ずかしい。

具体的には「『』を用いた本人の発言そのもの」を「こういうことを言ってましたよ」へのニュアンス変更。

これだけで読む人の印象・受け取り方はグッと変わるのではないかと思います。(まだまだ「私フィルター」が薄いと思われる方も中にはいらっしゃるかもしれませんが。)

この記事ではあまり手直し箇所が無かったことから、当初は自分のやりたかった、感じたことを伝えるレポート(感想?)を綴ることができていたのだなぁと思いました。

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2017/8/11-14:45 追記

追って1stライブツアー横浜公演、アリーナライブ神戸公演のレポートを公開しました。

特に横浜公演のレポートでは発言引用箇所が多くて手直しするのが大変。

確かに、文面からだと本人の口からでた言葉そのものであると解釈されるのでこれは危険だなと実感。メモやライブ映像を振り返らない限り、気軽に引用する体で書くのは良くないですね。

逆に神戸公演は修正箇所が比較的少なかったです。この時は記憶喪失マンでしたね。

「こんなことを言ってたなー」というよりも心に残った感想を出すことができていたと思いました。

ひとまずこれで自信を持てるレポ―トとすることができました。

まだまだ至らない点もあるかもしれないですが、それは今後の課題です。