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名状しがたい随想帳のようなもの

アニメ・声優関連の話が中心です。たまに関係ない話もします。

プロデューサーという概念【アイマス】

今回はアイマスファンの呼称、「プロデューサー」について思うところを記します。

 

アイマスに詳しくない人が「ファン」と言うと、「ファンじゃなくて、プロデューサーだ」と訂正してくる人がとんできますよね。(「推しじゃなくて担当だ!」というのと同じ現象ですね)

 

ファン、応援団(隊)、〇〇er(接尾辞)…といった”応援している人たちなんだな”と容易に分かる呼称に対して、プロデューサー、マネージャー(アイナナ)、支配人(ナナシス)…といった呼称は外部から敬遠されがちです。というか敬遠されます。

 

特にその呼称が現実空間で用いられるのをコンテンツ外の人間が見ると気持ち悪がられると思います。なぜなら彼らから見れば単なるファンの集団に過ぎないのですから。「ファン」という呼称を用いず、わざわざ特別な言い方をこしらえることによって、自分たちを特別視する、一種のナルシズムが表出していて嫌悪感を煽るのではないかと考えられます。

 

かくいう私もデレマスのアニメを見て沼にハマる前までは、ライブ映像で演者さんが「プロデューサーのみなさーん」と言っておられるのを見るたびに「何この集団キモイ」と感じていましたし。

 

自分も含め、アニメから、デレステから入った人はこの呼称が現実空間の私たちにも使われることをどう受け入れたのか疑問に思います。

 

アニメを見ると、自分がPと呼ばれる(ひとくくりにされる)ことを理解できるでしょうか。

そこでプロデューサーと呼ばれているのは赤羽根さん、武内さん…が声をつける男性キャラに過ぎず、あなた自身ではありません。

 

デレステも然りだと思います。リズムゲーをこなしてコミュを開放する…

そこにあなたが”現実空間で”Pと呼ばれる直接的根拠はないのです。

 

顕著なのがモバマス、グリマス(ここでは敢えてミリマスと言いません)です。

『お仕事を続ける』ボタンを連打し、『攻撃力〇倍』ボタンをポチポチするゲームをプレイすることにPという呼称を”現実空間で”使うようになる理由はありません。

せいぜい「プレイヤー」が限界だと思います。

 

 

私がこのように考える根拠は、これらのコンテンツの中に「能動的にプロデュースしていない(システム上できない)」「プロデューサーらしいことをしていない」からです。

プロデューサーとはアイドルをプロデュースする人のことであり、アニメを見る・ゲームを進める人ではないのです。

 

あなたがPという呼称に気恥ずかしさを感じているとしたらそれはプロデューサー”らしい”ことをしていないからではないでしょうか。

我々のことをプロデューサーらしいことをしている集団だと思っていないから、外部の人間はPと呼ばれる集団を敬遠するのです。

 

 

ここで皆さんに提案したいのが「原点を知る」ことです。

いちゲームのプレイヤーが「プロデューサー」と呼ばれるようになった原点を知るべきです。

 

 

さて、前置きが長くなりましたが、言いたいことは

「アケマスをプレイしよう」

です。

 

アケマスには選択式ではありますが、アイドルとコミュニケーションをとる、衣装を決める、楽曲を決めるといった”プロデューサーらしいこと”が詰め込まれています。

 

本来アイマスは強いカード編成を組んで敵を殴る・ハイスコアを出すゲームコンテンツではないのです。

 

アケマスをプレイすることによってプレイヤーがプロデューサーと呼ばれる所以を感じられるのです。少なくとも私は言葉にできない何かを感じました。

 

何も私はアイマス原理主義者ではありません。ただ一回アケマスをプレイしてみるべきだと思います。移植版でもいいです。プロデューサー観が変わります。(多分)

アケマス筐体がオブジェではなく筐体として機能している今のうちにアケマスをプレイしてください。

 

もう時間がないんです!!

 

デレアニから入ったいち新人Pより